光道園's Letter

光道園をもっと知る “お手紙” をあなたへ・・・
#光道園's ストーリー 投稿日:

Vol.12 「学ぶ光道園」の原点 ~支援に携わりながら私たちは学び続ける~

何気ない日常の中にある「ドラマ」


昭和41(1966)年4月、光道園は盲重複障がい者の自立を支援する施設「ライトセンター」(現ライトワークセンター・ライトホープセンター)を開設しました。平屋建4棟、58名の利用者の方の生活の場として始まったその施設は、平成15(2003)年に同市和田町への新築移転に至るまで、37年の歴史を刻むことになりました。
その長い歴史において、何気ない日常の中には利用者の方が生み出す瞬間的で偶発的な数えきれない“ドラマ”がありました。ライトセンターの利用者の方9名で結成された“ミックバラーズ”という楽団の存在、活動もまたその一つであり、光道園を知る、語る上で重要なファクターとなっています。

一本のハーモニカの響き


ある静かな夕暮れ時、ライトセンターのどこかの部屋からハーモニカの音色が聞こえました。職員が行ってみると、一人の利用者の方が唱歌の“ふるさと”を吹いていました。それは細かい音色であり、何度も何度も突っ掛かり、途切れ途切れでしたが、その利用者の方は繰り返し“ふるさと”の曲だけを聴かせてくれました。これが、音楽を光道園の生活の中で作り出す出発点となったのです。

自主性と主体性の鼓動

個別的だった一本のハーモニカは、その後2人に、2人は4人… 6人となり「ハーモニカグループ」へ。グループはやがて40名を超える「器楽クラブ」といった集団活動(当時の利用者の80%が参加)へと広がり、ゆっくりとミックバラーズ誕生へと進んでいく段階を歩み始めました。一人ひとりはバラバラで、たどたどしい吹き方・弾き方ではありましたが、皆が「自分で出来ること」を喜び、日常生活の様々な場面において初めて「自主性」と「主体性」を見出して「行動すること」を知り、その喜びを共に感じ素直に表現し始めていました。

ミックの演奏が全国に響く

ミックバラーズの始まりは、施設行事の余興から偶発的に誕生した楽団(当初は10~20代の6名のメンバー)でした。大太鼓・小太鼓・シンバルを組み合わせたドラムもどき、リズム楽器としてタンバリンやカスタネット、メロディ楽器は鍵盤ハーモニカといった素朴で手作りの楽団でしたが、結成以来、その活動が話題となって徐々に世に知られるようになりました。10年経過した頃には福祉事業の催しや青少年育成事業、教育の一環などの機会に出演依頼をいただき、30数年の活動の間に県内外にて200回を超える演奏会の他、全国や地方のテレビ、ラジオ、新聞などの掲載・出演を果たしています。

「ミックに学び、福祉に学ぶ」


ミックバラーズは、てさぐりで広げていった活動とその中で試行錯誤、挑戦を繰り返しながら、当時指導(支援)を担当した職員のみならず、多くの職員に様々な“学び”を与えてくれました。
利用者の方一人ひとりに無限の可能性を見出し、一本のハーモニカからミックバラーズの結成、そしてその後30年以上にわたって彼らと歩み続けた先輩職員(OB)は、次のような思いを伝えています。

専門的支援の道は奥深く、長い時間を要する。支援に携わりながら私たちは学び続けなければならない事をいつも実感していた。
『ミックバラーズ物語 指先の詩』2006年(平成18)より

私たち支援者は福祉の「プロ」として、特に盲重複障がいの専門性に基づく知識・技術を持っています。しかし、時にそれが一つの“落とし穴”になることもあります。「障がい者は言葉では言わないが、身をもって介助や介護、指導の手法を教えてくれている」という視点をもちながら利用者の方と向き合い、常にその姿から学ぶということが必要です。
利用者の方とかかわる手段は何も言葉や文字だけではありません。音楽や学習など様々なツールを通して彼らと“対話”しコミュニケーションを持ち続けること、「利用者の方から学ぶ」という姿勢の大切さを、ミックバラーズのメンバーと先輩職員は伝えてくれています。
現在、光道園では施設・事業所それぞれで、利用者の方の意欲から始まる活動を大切に支援しています。そこには、ミックバラーズが誕生した“ドラマ”と同じく可能性を信じて支援する姿があります。

一覧に戻る